インタビュー

木村 孝さん インタビュー

ありがたさに感謝を忘れていませんか

聞き手 : 中川 誼美

木村孝さん

 

「第1回 美しい日本を残すために協力し合う会」の開催が近づいたある日、電話が鳴りました。「雨の中で転んで入院いたしました…」。木村孝さんのお嫁さんからのお電話でした。これは一大事と、少し落ち着かれた頃を見計らって、入院先の病院に駆けつけました。恐る恐るノックした病室のドアが開くと、ベッドの上にニコニコと笑顔いっぱいの孝さんが座っていらっしゃいました。「ご心配かけて申し訳ございません」、お元気に立ち上がってご挨拶されました。しっかりとした立ち姿です。幸い骨折はしておらず、骨の一部にヒビが入っただけ。手術の必要もなく、リハビリだけで全快すると伺ってホッと胸を撫で下ろしました。御髪はきれいに結い上げ、お化粧もしっかりと。数日後に93歳を迎えるとはとても思えぬ艶やかさです。さすがに病院とあっておきもの姿ではなくお洋服ですが、凛としたご様子はいつもとお変わりありません。ベッドの上には、ご本や原稿用紙がいっぱい。病室でもお元気に原稿を書いていらっしゃるといいます。会場にいらっしゃる皆様に一言メッセージをとお願いすると、力強い京ことばが次々と飛び出しました。11月10日の一ツ橋ホールでご紹介した木村孝さんのビデオメッセージの全文をご紹介します。

 

木村孝さん

中川  今回の会は、「何を大切に暮らしていらっしゃいましたか」ということがテーマなんですが、先生は暮らしの中で何を一番大切にされてます?

 

木村  わたしの生まれたのが大正9年(1920年)でございますから、その時はよかったのですが、やがて十代になってきますと支那事変、太平洋戦争になりましたから、その時にずっと親から物を粗末にするな、お米一粒から粗末にするなと。それはあらゆるものに通じる話でございますわね。お百姓さんが大事にお作りになったものは、菜っ葉一枚でも大事だと思いますわね。

 

それが今はちょっと変わりましたね。世の中全部の人が変わった。そういうこと言うと、年寄り臭いから言いたくないけれど、でも年寄りが言わなかったら、誰が教えるんですか。何も知らないで大人になってしまったのが、好きなことをして、そして今日の国際的に見て日本の環境というものがね、それほど食料も豊かでもないのにかかわらず、物を捨てるのは平気だし、大食い競争みたいなことをやるという…、恥ずかしい、わたしはそれ見てて恥ずかしい。

 

中川  そうそう、私たちも物を大切にするということが、本当に疎かになってます。それから毎日の暮らしが、やっぱり丁寧に暮らしてないという風に思います。

 

木村  そうですねえ。わたしどもの時代はねぇ、そんなに大昔でもないのにね、紙は必ず表使ったらもう一度裏をメモに使って、それから捨てたもんです。今はね、仕事の上の機密漏洩を防ぐためにシュレッダーにかけるのはいいですよ。それは会社のこと。個人の家のものはね、表を使ったらもう一度裏にも何かを書いて、それから古紙の回収に出せばいいでしょう。そういう風に思うと、やはり古いでしょうか。

 

中川  いえ、古くないです。私たちも環境とかそういう大きなことではなくて、日々の暮らしを、やはり身の回りのところを丁寧に、大切に暮らしていくところからすべて始まっているかと思います。

 

木村孝さん

木村  自分でできることをしないで、大きいことは言えませんから、まずはそういうことをしておりますとね、身の回りに古い紙がいっぱい溜まって、これもまた困るんですけどね(笑)。まあ適当に整理する時は、整理しなければならないし…。でもこれは例えばを申し上げたんで、紙のことでね。

 

それとねぇ、ちょうどお正月前でございますからね、こないだからわたし、「新年になったら着るもののこと」という原稿を書きましたけれどね。昔は、子どもにお正月になったら新しい何々買ってあげましょうね、お正月まで辛抱しなさい、冬物は辛抱しなさいで、お正月に初めて新しいシャツを着て、新しいお洋服を買ってもらえて嬉しくてしようがない。ところが今はね、あまりにも安いシャツがあるもんですからね、安いからいいかというので、一年中広告見て買っておりますでしょ。それが溜まり溜まって、いっぱいになっているんですわ。

 

そこでわたしが言うのは、きものというものは長い目で見て……、やっぱりわたしはきもののことしか言うことございませんので、言わしてくださいね(笑)。きものはね、一枚きものを作りましたらね、何かのお祝い事とか、何かの際にきものを作りましたら、そのきものは、そう簡単に捨てるものではなくて、十年二十年はそのまま着る。お振袖はそうはいきませんけど、普通のきものでしたら十年が普通です。

 

そういうものを大事に着ること、その上に絹の生命力、木綿の力、麻の強さ、そういうものを繊維別に心得て、きちんと着分けること。それが何にも分かってないで、今は粗末に粗末にしてらっしゃる。お正月に新しいものを身に付けるということも、お正月になったら買ってあげましょうねという、それが一つの節目だったんですわね。お盆になったらまたお盆のものを買って。一年に二回、そういう節目があった。

 

今はセールがありましたら、何時でも買ってきて、またセールのものが安いもんですから、邪魔になったら捨てよう、着られなくなって捨てるんじゃない。今のものは化学繊維ですから傷まない、破れない。色が気に入らなくなった、ファッションが遅れた、そういう事情で物を捨てる。それならそれでまた物の考え方があって、メーカーが回収すべきです。繊維のことになると一家言、いやいっぱいある(笑)。

 

中川  やっぱりメリハリがございましたね。お他所にご飯食べに行く時は着替えるとか、お正月には晴れ着を着るとか。今そういうメリハリも暮らしの中にもなくて、いつも何かこう変化のない暮らしというか、メリハリのない暮らしをしているように思います。

 

木村  そうねえ、たとえばお雛さまの時にちらし寿司を作ってもらって、嬉しくて嬉しくて大事に食べましたけど、今は余りにも贅沢に、あなた、スーパーに行ってちらし寿司の売ってないとこないでしょ。おにぎり一つでもね、今は時代としてはおにぎりはファストフードの一つですから、家で作らなくてもいいかもしれません。しかしね、喜びが薄らいだ。お母さんが作ってくれたちらし寿司だとか、おばあちゃんに作ってもらったおはぎがおいしかったなあという話がなくなってきた。あまりにも便利になりますから。でもね、その便利さを自分が甘受して、それに対してどういうお返しをしてますかと、わたしは思うのですわ。

 

中川  私たちも、先生から見たらまだ娘の時代かもしれませんけれども、その人たちが次の世代に伝えてないし、その次の世代にも伝えてない。どこかで先生の時代の「生活の知恵」ですか、そういうものが伝わらないまんま今の日本ができてきたように思うんですね。ですから、先生たちに今こそ先頭に立っていただいて、良き日本、美しかった日本を残すために、たくさんの助言をいただきたいと思ってます。

 

木村孝さん

木村  わたしらはもう歳をとりましたから、あんまり役に立ちませんかもしれませんけども、もしも今言うておきたいことがあったら、とにかく書き留めておきたいとか、言うておきたいとかいう思いで、今一所懸命にね、書かしていただいております。、もちろんいくら口で大きいこと言いましてもね、それが世の中に受け入れられなかったら何にもなりませんけれどね、たまたまね、ただいまのところはとにかく書かしてくださる雑誌があるので、わたしはありがたいと思ってます。

 

それで逆にね、新しいファッションはいくらでも毎日ニュースはございます。しかし、むしろあんまり耳に快くない、もったいないとか、大切にしなさいとか、それからもっときちっと挨拶しなさいとかいうことを言うのは、聞くほうが面白くない。でも、面白くないと思われてもいいから、わたしは言わしてもらいます。

 

中川  そうですね、本当にぜひお声を大にしていただき、それを私たちも受け止めて、そして伝えていくという作業を、これからしていきたいと思います。

 

木村  伝えるということ、伝承ということができないことにはね、その国の文化は残りません。で、その国の文化を伝承するのは女性の力です。これは、必ずそれを心がける女性があってはじめてその国の文化の裾のほうを守れると思うのですよ。

 

私たち、今日本のことについてそうかんたんに大きいことは言えませんけども、私たちは今食べ物があってありがたいこの国にいてね、そのありがたさというものを忘れて感謝してないからいけないの。文句ばっかり言う。文句言うことは楽ですよ。でも、感謝することがなかったらね、人間としてかえってそれでは一人前ではないのではないでしょうか。そう思いましてね、憎まれ口をまだ言わしてもらってますわ。おおきに。

 

中川  ありがとうございました。


       (2012118日採録 構成/写真:野田英夫)